理系教育において学生の自己効力感(「自分にはできる」という確信)を育むことは、科学技術人材育成の基盤となります。本記事では、人工知能(AI)が支援する探究学習が、教育において学生の自己効力感を高める仕組みと、その効果の持続性について最新の知見を整理します。
AI支援型探究学習の基本的な仕組みと特徴
AI支援型探究学習とは、学生が主体的に課題を発見・探究するプロセスにおいて、AIがパートナーやツールとして補助する学習形態です。近年は生成AI(大規模言語モデルなど)の発展により、学習支援の可能性が大きく広がっています。
探究学習のサイクルとAIの役割
探究学習は「課題設定→仮説構築→検証→考察→振り返り」のサイクルで進みますが、AIはこの全プロセスで支援が可能です:
- 課題設定・問いの生成: AIがブレインストーミングのパートナーとなり、研究テーマから具体的な問いの案を提案
- 仮説構築: 設定した問いに対する複数の仮説案や検証方法をAIが提示
- 実験・検証: データ収集や分析手法についてのアドバイス、実験結果のパターン認識
- 考察支援: 多角的な視点から結果の解釈案を提示
- 振り返り: 学生のレポートや発表資料を解析し、改善点をフィードバック
これらの支援は24時間対応が可能で、教員だけでは手が回らない個別指導を補完する役割を果たします。
AIツールの探究学習における具体的活用例
実際の授業では以下のような活用が見られます:
- 環境問題に関心を持つ学生に対し、AIが具体的な研究質問を複数提案し、自分では思いつかなかった視点を気づかせる
- 探究過程で行き詰まった際に、学生が自力で試行錯誤した後にAIから必要なヒントだけを得る
- 学生のポスター発表に対して即座にAIがフィードバックを付与し、改善点を把握させる
しかし、AIの過度な利用は学生の思考力や創造性を阻害する懸念もあります。例えばレポート作成を全てAIに任せると、資料探索や論理構成を自ら行う機会が失われます。そのため「あくまで学生の主体的探究を促す道具」という位置づけを明確にし、適切なタイミングと方法で導入することが重要です。
自己効力感の心理学的メカニズムと教育効果
自己効力感は、「自分なら目標を達成するための行動を選択し実行できる能力がある」と信じる認知状態を指します。心理学者バンデューラが提唱したこの概念は、学習意欲や継続性に大きく影響することが知られています。
自己効力感の形成要因
バンデューラによれば、自己効力感は以下の4つの情報源から形成されます:
- 達成経験(成功体験): 自ら困難な課題を成し遂げた経験
- 代理経験: 自分と近い他者の成功を見ること
- 社会的説得: 他者からの励ましや称賛
- 生理・情緒的状態: 不安や緊張など身体的・感情的な反応
教育現場では、学習者に成功体験を積ませ、適切に励まし、不安を軽減する環境を整えることが自己効力感の向上に有効であり、それが学業成績の向上や学習継続にも寄与することが示されています。
理系教育における自己効力感の重要性
理系分野では特に自己効力感の役割が大きいと言われています。国際学力調査PISA2015のデータを57か国の生徒について分析した研究では、「探究的な学習活動の頻度と科学における自己効力感との間に有意な正の相関がある」ことが示されました。つまり、探究学習に多く触れている学生ほど「科学の課題を自分でやり遂げられる」という自信が高い傾向が見られました。この自己効力感のプラス効果は、科学への興味の向上によって媒介され、さらに教師からの支援がある場合、一層高まることも報告されています。
AI支援型探究学習が自己効力感に与える影響メカニズム
AIを活用した探究学習は、自己効力感に様々な影響を及ぼす可能性があります。プラスとマイナスの両面から検討してみましょう。
自己効力感向上につながる要因
- リアルタイムフィードバックによる達成感: AIが提供する即時のフィードバックにより、学習プロセスが最適化され、「自分は理解しながら課題をこなせている」という実感が得られやすくなります。ある研究では、eラーニング環境で生成AIを用いて学生に自動フィードバックを提供したところ、従来より成績が向上し、学生の自己効力感も有意に高まったことが示されています。
- 挑戦の敷居を下げる効果: AI支援は初心者にとって難易度の高いタスクへの踏み出しを助けます。探究の最初期にAIが関連情報を提示してくれれば、学生は「とりあえず着手できた」という手応えを得られ、「自分にもできそうだ」という感覚を芽生えさせる効果があります。
- 心理的安全性の向上: AIは間違いを責めず何度でもヒントを出してくれるため、学生は恥ずかしさや失敗への恐れが薄れ、試行錯誤に前向きに取り組めるようになります。この心理的安全性の向上も自己効力感アップに寄与します。
自己効力感低下のリスク要因
一方で、AIの支援による負の側面も指摘されています:
- 過度なAI依存: 便利なAIに頼り切ってしまうと、自分の力で問題解決したという感覚が得られず、かえって自己効力感の向上を妨げる恐れがあります。「AIがないと自分は何もできない」という認知が生まれると、自己効力感は低下する可能性すらあります。
- 思考力・主体性の損失: AIの使用によって課題は完了できても、その過程で学生自身の思考力や主体性が損なわれると、自分で問題解決できるという感覚が育ちにくくなります。ChatGPT依存の原因と結果を分析した研究では、AI依存の主な負の結果として「創造性の低下」「批判的・自律的思考力の低下」が挙げられています。
これらのことから、AI支援探究学習の効果を最大化するには適度なバランスが重要であり、AIはあくまで補助輪として、最終的に「自分の力でやり遂げた」という実感を学生が持てるように設計する必要があります。
大学教育におけるAI支援型探究学習の実践例
大学レベルでは、従来から実験や課題研究を通じた探究型の学習が行われてきましたが、これにAIを組み合わせた試みも始まっています。
国内大学での先進事例
- 公立はこだて未来大学: 生成AIを活用したプログラミング学習支援システムの研究が行われました。高野・伊藤(2023)は、ChatGPTによる自動フィードバック機能を持つeラーニングシステムを提案し、その効果検証を行っています。実験的な評価では、AIからのヒント提供により課題達成率が上がり、アンケートでも学習への手応えや自己効力感が向上したという傾向が報告されています。
- 関西学院大学: 理工学部の有志学生に対し最先端AI技術を学ぶ「AI活用人材育成プログラム」を提供し、その中で探究的プロジェクトに取り組ませる実践が行われました。参加学生の一人は「このプログラムでの学びを通じて自分の人生が変わったと言っても過言ではない」と述べており、AIを活用して課題解決に挑戦した経験が自身の自信や将来ビジョンの形成に大きな影響を与えたことを示唆しています。
- 早稲田大学 田中博之研究室(AI教育研究所): 生成AIを含むICTを活用して創造力や対話力を育てる教育モデルの研究開発が行われています。特に、表現が苦手な学習者でもAIの支援によって創作に参加でき、小さな成功体験を積み重ねることで自己効力感を高められることを目指した実践モデルを提案しています。
海外の大学における実践から得られた知見
海外では、化学系の実験授業で探究学習を行うと、学生の化学に対する自己効力感が向上することが報告されています。ある研究では、大学の有機化学実験を全面的に探究型かつ遠隔形式で実施したところ、受講した全ての学生で自己効力感と「サイエンス・アイデンティティ(自分も科学者としてやっていけるという認識)」が向上したと報告されています。
このように、学生が主体的に問いを立て試行錯誤する実践は、対面・オンラインを問わず自信と意欲を高める効果があるようです。AIを活用することで、この効果をさらに高められる可能性があります。
自己効力感の長期的効果の測定方法と実証結果
自己効力感の長期的な効果を評価するには、半年~数年スパンでの継続的な測定が必要です。
効果測定の手法と尺度
一般に教育介入の効果測定では、授業前(プレ)・直後(ポスト)・一定期間後(フォローアップ)にアンケート調査を行い、自己効力感尺度の得点推移を見る方法がとられます。自己効力感を定量的に測る代表的な方法として、日本語では坂野雄二・東條光彦らが開発した一般性自己効力感尺度(GSES)があります。この尺度は「新しいことでもうまくやっていける自信があるか」「困難に直面しても解決策を見出せるか」など16項目について「はい・いいえ」で回答させ、個人の全般的な自己効力感の強さを測定するものです。
また、教科や課題に特化した自己効力感を測るにはカスタマイズされた質問紙が用いられます。理科分野であれば「難しい理科の概念を理解できる自信がある」「実験で予期せぬ結果が出ても対処できると思う」等、科目特有の自己効力感を尋ねる項目を用意し、Likert尺度(5段階評価など)で測定します。
長期的効果の実証事例
高校教育の例になりますが、経済産業省の補助事業である「Ai GROW」という非認知能力測定ツールを導入した山梨英和中学高等学校では、2022年度当初と年度末で生徒の能力を比較しました。その結果、高校1年生全体で自己効力感が有意に向上したことが確認されています。この学校は探究学習に力を入れており、AIを活用した振り返りや評価を取り入れたことで、生徒の「自分で考え行動できる」という自信が高まったと考えられます。
大学生を対象とした研究では、探究学習プログラムの終了直後には自己効力感スコアが大きく向上し、その6か月後にフォローアップ調査を行ったところ、若干の低下は見られたものの事前より高い水準を維持していたという報告があります。これは、プログラム中に得た成功体験が学生の中に定着し、終了後もある程度自信が持続したことを示唆しています。
長期的効果の維持課題と解決策
効果測定の課題としては、追跡調査の難しさがあります。半年以上経過すると学生の状況(履修科目や環境、モチベーション)が変化し、他要因の影響を排除して純粋に効果を測るのは容易ではありません。また、自己効力感は主観的な心理尺度であるため、長期間の間に回答バイアスや基準の変化が起こる可能性もあります。
環境が変わったり支援がなくなったりすると効果が薄れる場合もあり、長期的な自己効力感の維持には継続的なフォローが重要と指摘されています。例えば、探究活動後に次の学習段階でそれを活かす機会がないと、自信も徐々に薄れてしまうことがあります。
そのため、初年次教育で育んだ自己効力感を中~後年次の専門学習や研究活動へブリッジングする仕組み(例:ピアメンター制度や探究の振り返りレポートの継続提出など)が有効だと考えられます。定量評価だけでなく質的な観察やインタビューも併用し、学生が実際にどのような場面で自信を感じているか、あるいは不安を感じているかを長期的にフォローすることも望ましいでしょう。
まとめ:AI支援型探究学習の可能性と今後の展望
AI支援型探究学習は、大学生の学びにおいて有望なアプローチであり、適切に実践すれば学習者の自己効力感を高める長期的な効果を期待できます。重要なのは、AIは「補助輪」であり、最終的に学生自身が「自分でできた!」という感覚を主体的に得られるような指導デザインを心がけることです。
効果を持続・定着させるには慎重な設計とフォローアップが必要であり、安易なAI依存を避けつつ学生自身の成長実感を伴う学習環境を作ることが重要です。今後の国内外の研究蓄積によって、AIと探究学習の融合が学生のエンパワーメントにつながることが一層明確になるでしょう。その動向に注視しつつ、現場での実践知と研究知見を往還させながら、より良い教育モデルを追求していく必要があります。